つむじ風食堂の夜:吉田篤弘


全189ページ。吉田篤弘さんの『つむじ風食堂の夜』を読み終えました。以前読んだ『レインコートを着た犬』の月舟町シリーズの前作ということで、楽しみにしていた一冊です。
朝の7時から子育ての合間を縫って読み進め、23時30分に読了しました。

物語は、十字路の角にぽつんと灯を灯すとある食堂から始まります。
この食堂は、パリの裏町のビストロを再現したお店で、暖簾には名前がなくても常連たちに「つむじ風食堂」の愛称で愛されている存在です。メニューブックや食事もおしゃれで、近所にこんなお店があったら通いたいと思わずにはいられません。冒頭のこの描写だけで、これからどんな素敵な街を覗けるのだろうとワクワクしました。

物語の主人公は、町の人々から”雨降りの先生”と呼ばれている人物です。この先生の目線で物語が進んでいきます。
彼は、幼少期にお父さんの仕事終わりに連れて行ってもらったコーヒースタンドを懐かしみます。
ドーナツ型のカウンターとエスプレッソの機械、そしてマスターのタブラさん。
お父さんが亡くなった今でも、この光景は彼の記憶に鮮やかに残っています。
この幼少期の記憶、お父さんの存在、お父さんの夢、自分の夢、食堂に集う人々。月舟町の物語を先生目線で楽しめます。

雨降りの先生は、ライターさんです。その生活の一部を垣間見ることができる描写が魅力的です。
まるめて打ち捨てた板チョコの銀紙と、まるめて打ち捨てた書きぞこないの原稿用紙だけが、へやのあちこちでつぶやくように転がっていた」や、「そもそも都会の喧騒にうんざりし、それでも街を離れられず、なんとかこの屋根裏の静寂を探し当てた」という表現が特に好きです。

かつての住んでいた街を訪れる場面も印象的です。
住んでいた頃の面影が去っていることを「見知った街に立てば、その街のリズムが自然と体の中に甦ってくるものだが、甦ったものと、実際のリズムの微妙な違いが、ただ歩くことでさえ私を疲れさせる」と表現しています。
自分のよく知っている街がなんだか進化を遂げていて歩くのにちょっと疲れてしまうこと、こんなに詩的に表現していて素敵だなと思いました。

あとがきでは、著者である吉田篤弘さんが登場人物たちを友人と呼んでいることがわかります。
これがまた、物語全体に温かみを与え、作者の描く世界観がそこにあるのだと感じました。

『つむじ風食堂の夜』は、登場人物たちの温かい人間関係や懐かしい記憶が交錯する素晴らしい物語でした。読んでいてとても楽しく、吉田さんのステキな表現がスッと頭に入ってくるのが心地よかったです。
全3部作のうち残り1作品、またすぐ読みたいと思います。

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