それからはスープのことばかり考えて暮らした:吉田篤弘


269ページ。この本は、月舟町シリーズの一作で、心温まる物語が魅力です。

この本の語り手である大里くんは、最近月舟町の隣町に引っ越してきました。決め手となったのは、月舟町にある映画館、月舟シネマです。物語の冒頭、大里くんは新しい町でサンドイッチ屋さんに出会い、そこから物語がゆっくりと展開します。小説はサクサクと読めるテンポで進み、楽しく読み進めることができました。

サンドイッチ屋「トロワ」の店主安藤さんの不器用なアプローチがようやく大里くんに伝わり、トロワで働くことになります。また、店主の息子の律くん(小学4年生)も大里くんに懐いています。
大里くんは味噌汁を作るのが得意で、冬に近づくにつれてサンドイッチ屋の客足が減少する中、新メニューのスープ係に任命されます。タイトルの「それからはスープのことばかり考えて暮らした」が大里くんのスープ係としての役割に関連しているのだろうと感じました。

特に印象的だったのは、アパートの大家さん(大里くんは彼女をマダムと呼びます)に試作スープの味見をお願いしたときのマダムのセリフです。
「口はひとつしかないんだし、みんなが食べたいものだって、ひとつだけなんだし」「ひとつだけ?」「おいしいものよ」
この言葉、非常に核心を突いていませんか?深く共感しました。

また、大里くんが月舟シネマに行った際、支配人がいなくなったと従業員が青年と犬だけになっており、客足の減少に嘆いていた青年に大里くんが上映リストのアドバイスをしました。
この青年と犬は『レインコートを着た犬』のメイン登場人物であり、私は、シリーズがここで繋がっていることに感激しました。そのアドバイスのおかげで、月舟シネマは再び賑わいを取り戻します。大里くんがスープの出汁取りのための骨を犬(ジャンゴ)にプレゼントするという心温まるシーンも描かれていますが、ここでもジャンゴの賢さが表れていました。

物語全体が繋がりを持っていて、読んでいてとても気持ちが良かったです。巻末には、大里くんが完成させたスープのレシピが掲載されていますが、具体的な材料は書かれておらず、文学的で不思議なレシピとして描かれています。このレシピは、物語に出てくるとある女性のメモという形で提供されており、物語の余韻を感じさせます。

吉田篤弘さんの小説は、いつも心温まるエピソードが満載で、今回もその魅力にすっかり引き込まれてしまいました。ぜひ皆さんも手に取ってみてください。

月舟シリーズ 読書メモ
・つむじ風食堂の夜 →コチラ
・レインコートを着た犬 →コチラ




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